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なんだかねぇ~

2009年12月08日 02:34

取り敢えずは一安心。

どぉ~も人の生き死に関する事は無視出来ないと言うか
軽く扱えない質で
ふざけて「死ねよ」とか言うのも言わないように、出来るだけ使わないようにしている。
実際に起きたときに自分がどうなるのかを良く知ってるから。
両親や親戚が亡くなるのとはまた違うんだよな。
でも自殺も他殺も自然死も何も意味なんて無くて
逝く人は逝って、残る人は残るんだ。
そこに意味なんて見いだす必要もないし、ただそこに「事実」があるだけで
「真実」は自分で見つけないといけない。
それが良いか悪いかも自分の中だけにしまっておけば良い。

こう言う事を考えるって言うのは、もうすぐ赤い鳥の誕生日だからでしょうか。
飛びたった日は未だによく覚えていないのに
生まれて来てくれた日は覚えている。
生まれて来る事も、死ぬ事も等価なんだろうけど
居なくなったしまった日よりも、生まれて来てくれた日を覚えていたいと思うから。
この世で一番好きな人を亡くしても、俺はまだ生きています。
あの時に一緒に逝けなかったから生きています。
正直、逝こうとしなかった自分に挫折したというか、愛想が尽きたというか。
どうしようも無いなって思ってる。
今でも思うけど、だからって今はお追おうとは思ってない。
彼の残した物を抱えて一緒に歩いて、広げて行くのが俺のすべき事だと思うから。
そして何よりも松本秀人って人が居た事を、残した物を忘れないのが俺がこれからも続けて行く事。
生きてるのなら、生きてるだけ楽しい事と辛い事を経験すれば良いんでしょう。
歳はどんどん積み重なって、それだけ自分の経験値も上がって
視えて来る物もあるんだから。
視えて来ない事もあるけどさ。
それば視ようとすれば良い。

こんな事描いてると自分もまだまだ子供だな。なんて思うけど。
こんな事を考えなくなったら面白みの無いヤツになるんでしょう。

人の痛みはその人じゃ無いから分からない。
俺の痛みも俺じゃないと分からない。
でも「察して」あげる事は出来るから。

墜ちてるのなら引き上げれば良い。
上がる気のないヤツはそのままどんどん墜ちて行くから。
上がりたくても上がれないヤツは引き上げる。
落ちたいなら落ちる所まで落ちれば良い。
後は上がるしか無い。
そうなったらいつでも手を貸すよ。


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